「漢方」と「EC」と聞くと、どんなイメージを思い浮かべるでしょうか。
前者は数千年の歴史がある中国古来の自然素材を使用した薬、後者は最先端のインターネットを使った販売方法。
その真逆のイメージの二つが出会ったとき、何が起きるのでしょうか。
いま、この漢方をネット販売で大きく成長を遂げているスタートアップがあります。
それが漢方薬に特化したD2C事業を展開する株式会社ハーバルアイです。
医薬品を取り扱う同社が誕生したきっかけの一つは、代表がお子さんと過ごした「たった1分の体験」によるものでした。
代表取締役の橋口遼氏に漢方薬とD2Cの可能性、急成長中に起きた困難を乗り越えたエピソードを伺いました。
インタビュー後半は、斬新な”いい雰囲気”の組織の作り方もたっぷり伺いました。
◆「医薬品分野はコピーが難しい」
まずは起業の経緯を伺います。
ファーストキャリアは株式会社ココシスで事業再生を担当していた橋口氏。
「きっかけは大学時代のバイト先がM&Aでココシス傘下になったことです。そこではイベント派遣などの営業に関する部署に配属され、そのタイミングで大学を辞め、本格的にジョインしました。前職は主に事業再生や事業承継のコンサルティングをしていて、銀行交渉や人員整理など通常の会社で若手社員をしていたらなかなかできない経験をさせてもらいました」
その後、通販事業を行うさくらフォレストに転籍になった橋口氏。
「5年ほど在籍した後に独立し、ココシスの社外役員なども務めました。最初に立ち上げたステイゴールドという会社ではEC事業のコンサルティングを行い、その後ハーバルアイを創業して自社ブランドの立ち上げを行いました」
では、漢方という珍しい分野でハーバルアイを創業したきっかけはなんだったのでしょうか?
「もともと、子供の頃からアトピーと喘息持ちだったので、漢方に馴染みがあったのは大きいです。また、さくらフォレストでの通販の経験も影響しています。経験則から商品開発軸で見てもこの領域が面白いと判断しました」
ハーバルアイが取り組む事業は医薬品に分類される漢方という分野。医薬品の通販を始めた理由は「規制緩和の面が大きい」と橋口氏は語ります。
「さくらフォレスト在籍時、ケンコーコムとウェルネットの行政訴訟による最高裁判決によって、国が市販薬のネット販売を禁止したのは違憲だとされ、市販薬によるネット販売が認められました。当時、私は化粧品を担当していて、自社商品が売れると商品のコピーが出回る…といういたちごっこに辟易としていました。その点で医薬品分野はコピーが難しい。医薬品のネット販売が規制緩和されたので大きなチャンスだなと思ったのです」
「また、薬機法関連で消費者庁と厚労省と話す機会があり、広告の表現規制なども緩和され、通販も行いやすくなると思ったのもきっかけです」
◆”診察1分”に3時間使う苦痛がアイディアのヒントに
「2つ目の理由は、娘の病気です。娘がアトピーになり、病院に通わなければなりませんでした」
そこで橋口氏は衝撃的な”事件”に遭遇します。
「『その時間、いるかな?』という体験の連続でした。娘の診察自体は1分程度で終わるのに、病院と薬局での待ち時間を入れると、平日3時間を使わなければいけなかったのです」
診察はわずか1分で終わるにもかかわらず、自宅から病院までの往復の移動時間、そして待ち時間を含めると、なんと3時間以上。
当時、起業したばかりで多忙を極めていた橋口氏にとってはそれが多大なるストレスだったそうです。
「それに加えて、悪気はないでしょうが、薬剤師さんたちは患者さんが待っているのに無駄話をしたりしていることも多く見られました。その様子をぼーっと眺めているときが起業のヒントになりました」
通販で薬が届けばーー。
それが橋口氏の起業を後押ししたのです。
「当時は薬剤師でなければ薬を届けれませんでした。薬によりますが、医薬品は薬剤師しか棚卸を行ってはいけなかったり、処方箋を受け取った薬剤師しか調剤できない。規制が非常に厳しい業界だったのです。しかし、先述した規制緩和がいずれ起きるだろうと考え、参入を決意しました」
医薬品業界はマーケットサイズとしても大きく、規制緩和によって当時は競合他社も存在していなかったという理由もあり、彼はこの事業への参入を決めたのです。
それ以外にもこの分野で大きな起業を決意した理由がありました。
「現在、地方都市では病院や調剤薬局が不足している問題を抱えています。若い薬剤師の方は地方都市で働きたがらないのです。また、地方では患者さんの数が少ないため、医薬品の種類も揃えにくい。つまり、ドクターが漢方を処方したいと考えても、地域の調剤薬局で漢方を揃えていない場合が少なくないのです」
これは、漢方はまだまだ眠っているマーケットがあるということを意味します。
こうして市場環境と規制緩和が橋口氏の背中を押したのです。
「ハーバルアイでは処方箋さえあれば、地方に対しても漢方を処方することができるので、地方問題を解決する一助になっていけたらと思っています」
◆自社でコールセンターを配置する意外なメリット
では、ハーバルアイでは、どのような基準で漢方の商品開発をしているのでしょうか。
「弊社では”ロングタームケア”と呼ばれる長期治療が必要な分野に関する漢方を提供しています。痔や瘦身、痛風、糖尿病などは完治しないので長い期間付き合っていく必要がある病気です。そのため、普段から気にかけている生活をしている方も多いので漢方ニーズが高いのです。将来的には口腔や不眠などの分野も進出したいです」
「また、ロングタームケアとつながる部分もあり、ダイエット系漢方はマーケットサイズも大きく、前職でノウハウがあったので参入しました。ダイエット系漢方はリピート率が低いことが多いです。が、弊社では登録販売者が電話対応を行っており、服薬指導などを通して生活習慣の面でもサポートを行っているので効果を実感していただけ、結果としてリピート率が高いです」
一般に、登録販売者をコールセンターに配置する負担は大きいと言われます。
しかし、「満足度と継続率を高めることはお客様に対しても必要なこと。事業としても強みになるのでここへの投資は必要」と橋口氏は語ります。
「また、漢方を提供するにあたって、すでに服薬している薬との飲み合わせをご相談いただくことも多いです。一般的なサプリメントの通信販売ではそういったご相談は承れないので、かかりつけのドクターにご相談いただくように促しますが、新規ユーザー獲得観点でみるとこれは離脱になります。一方、当社は登録販売者による対応ができるのでお客様にもご安心いただき、販売につなげられます」
ハーバルアイのコールセンターの半数は登録販売者の資格を持っており、体質などの相談などもきめ細やかに行える体制が整えられているそうです。
「もちろん、登録販売者では判断できないケースもあるため、その場合には社内の薬剤師にエスカレーションする仕組みを作っています」
商品本体だけでなく、「正しい情報を提供する」という付加価値があること顧客満足度をあげることに成功しているハーバルアイ。
「また、商品の同梱物として会報誌を毎月届けています。専門の編集部が社内にあり、漢方に関する歴史や効能など様々な情報を提供しています。もともと雑誌の編集をしていた経験者をそこに配置しており、コンテンツや企画のクオリティは妥協していません」
「漢方の購入をやめた方でも『会報誌は届けてほしい』というお声もいただくこともあるほどで、ご購入いただく大きな動機となっていると認識しています」
◆「医食同源」を実際に体現
さらに、ハーバルアイでは漢方を使ったデリバリーレストラン「薬膳宅配専門店おかゆや」を展開しています。
なぜレストラン事業も始められたのでしょうか?
「医食同源の”医”と”食”を運営している会社って珍しいな…と思ったのです。漢方といえばツムラさんなのですが、薬膳は第一想起となるようなプレイヤーがいないので空いてる領域です。デリバリーも行っていますが、通販と似ている面が多く、転用できる知見が多いところも要因です」
漢方と薬膳で大きく違う点は届くまでのスピード。
漢方は注文から配達までどうしても2日はかかのに対し、薬膳は遅くとも1時間以内(!)に届けられるのです。
「私たちが事業をやっていて嬉しいのは注文があったときです。対して、お客様は注文した商品が届いときと効果が実感できたときが嬉しいのです。このお客様に届くまでのスピードを短縮できるという点で薬膳を魅力的にとらえており、今後も拡大していきたいと考えています」
「また、漢方はインフルエンサーを使ったマーケティングが行いにくいという特徴があります。その前提でユーザーにリーチする機会を増やそうと考えたのもレストランを始めた理由です」
「食事というのは気軽に頼むことができ、薬よりも接する機会が回数として多いです。最終的にはラストワンマイルの顧客接点で漢方薬とおかゆなどの薬膳をセットで提供していきたいと思っています」
◆資金ショート、コロナによる営業自粛…襲った2つの危機
そんな経験とアイディアを組み合わせて次々と事業を拡大させているハーバルアイ。
そんな中でも困難な状況は発生したといいます。
「創業以来最大のハードシングスについて答えるならば、現在も進行中です(笑)。昨年、直営店を2店舗準備したのですが、コロナ禍で2店舗目の大型店をオープンしたときには、オープン2日目で営業を自粛し、その後の直営店オープンも延期しました。現在もコロナ禍ということもあり、苦境といえば苦境でしょうか」
「もう一つあえてあげるなら、2ヶ月で1億弱の広告費をかけて新規顧客を大きく獲得した際に、在庫切れで出荷できず資金ショートしかけたことがあります」
「ECで在庫がなくなるということは悪夢に等しい」と橋口氏は当時を振り返ります。
「来てくれたお客様も商品がなければ買っていただけないし、リピートしてくれる保証もありません。売上もないので、銀行からお金を借りることで資金を工面し、追加で在庫を獲得し何とかしました」
◆”いい組織”作りのコツは、中間管理職を作らないこと
ここまで、事業に関する話を伺ってきましたが、実はハーバルアイは組織文化にもさまざまな工夫を凝らしています。
取材時、社内は活気に溢れ、いたるところで社員同士がコミュニケーションしている姿が見られました。
そこで記者は”よい雰囲気”を同社に感じたのです。
この”よい雰囲気”は何によるものなのでしょうか?
「前職であるココシスの社長の影響がとても大きいですね。『ピーターの法則』という本に出世すればするほど無能になるという内容が書かれています。リーダーを固定化させると様々な弊害が起きます。なので、ココシスではリーダーシップが移動される仕組み作りをしていました」
「たとえば、リーダーにすべての権限を集中してしまうと、リーダーが意思決定をしてしまいます。周りはリーダー任せ。本来であれば他に専門的な判断ができる人がいた場合にも、固定化されると判断、決断ができなくなる。この仕組みが誤った決断を招くので、なるべく中間管理職がいないようなチーム作りにしています」
さらに、もう一つのよい組織文化を形作っている理由が「個人的な好奇心」だといいます。
「前職は当時売上が10億円前後で、福岡に所在地を置いているにもかかわらず、毎年多くの人が組織運営について見学に来てました。この組織論は再現性があるのか、そしてそれが可能なのか、それを検証するために自分の会社で試している節がありますね」
橋口氏の信念として『理念を前提に多様性を重んじる』と『リーダーの仕事は気球のおもしをとるようなもの』という二つがあるそうです。
「多様性を重んじるだけでは組織として成り立たない。理念に共感していただける方と一緒に事業を進めて、そのうえで多様性を保持しようと考えています。これは採用も同様で、多様性ばかりを重視するのではなく、あくまでビジョンに少しでも共感できる人を積極的に採用しています」
◆「リーダーの仕事は気球のおもしをとるようなもの」
「リーダーの仕事は気球のおもしをとるようなもの」とは、どういう意味でしょうか?
「あくまでリーダーの仕事は現場の仕事をするのではなく、現場の方が働きやすいように補助したりして効率性を高めることだという考えです」
「現場の方に能力を発揮してもらうために、本人の主体性を重んじて、信じ続けることを大事にしています。例えば、何か大きなミスをしてしまったときに上司が怒ったり、ミスのリカバリーを直接的にしないことです」
「怒ると怒る側も仕事した気になってしまう。さらに、怒られた側は免罪符的にとらえてしまいがちです。怒られないと全て自分の責任になるので、自分で自分のミスを補填なりリカバリーしないといけないです」
「例えば、上司に対して『~でミスをしたので、一緒に謝罪に行っていただけないでしょうか』などの行動を自分から起こすことです。ここで上司が怒ったり、『謝りに行くぞ!』と言ってしまうと主体性を発揮する場がなく、成長の場を奪いかねません」
これらの組織づくりで大切なことは社内で言語化しており、月一回の勉強会や研修会で社内全体に浸透させているといいます。
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漢方薬という珍しい分野でビジネスを展開している点だけでなく、組織運営にも独自の観点がある学びの多かった今回の取材。
今後は我々ピアラベンチャーズとしても成長支援に貢献できればと思いますので一緒に成長していきましょう!
現在ハーバルアイでは事業拡大中につき採用強化中です。医薬品ECだけでなく、飲食事業も絶賛人手不足なので、興味がある方はぜひ気軽にご連絡ください。現在募集中の職種もこちらからご覧いただけます。