1万人近くのマーケターが集うマーケティングトレース・黒澤氏が語る、スタートアップのブランディングとコミュニティ

黒澤 友貴 氏。1988年生まれ。ブランディングテクノロジー株式会社 執行役員 CMO
新卒でブランディングテクノロジー株式会社に入社。中小・中堅企業向けのマーケティング支援に10年間従事。
2018年6月より「日本全体のマーケティングリテラシーを底上げする」をミッションに2000人近くのマーケターが集まる学習コミュニティ「マーケティングトレース」を主宰。マーケティング思考力を高めるための学習プログラムを作り、全国でミートアップを開催している。2020年2月に書籍『マーケティング思考力トレーニング』を出版。

[黒澤友貴]のマーケティング思考力トレーニング

ブランディングにおいて何を指標にするべきなのか

ピアラベンチャーズ中(以下、PV中):ブランディング施策をする上で指標を設定しないと適切に実行できないとおもいますが、初心者はこの指標の設定からつまずきがちなんじゃないかと考えています。

黒澤:ブランディングは事業フェイズによってやることも、目指すことも全然違います。スタートアップや立ち上げ当初のフェイズでは、ブランドのために行動してくれるくらい超濃いファン獲得が大事です。ブランドの超濃いファンがフィードバックをくれることが重要で、初期フェイズにおいて支えてくれる人がいることは何よりも大切です。

ブランドの初期段階では濃いファンの獲得が大事だと言いましたが、スタートアップであればシリーズA・Bなどのブランドプロモーションのアクセルを踏む場合ではブランド認知という指標が重要指標になっていきます。その段階では想起KWをとっていく必要があり、現場だけでなくブランドマネージャーやマーケティングマネージャーが積極的にやっていくべきことです。

ある程度、事業が伸び切って成長率が鈍化していくると、リブランディングしたり、ブランドのサブブランドを作るなども必要になってきます。時にはマスターブランドの見直しが必要になったり、ポートフォリオを増やすなどを考える必要があり、ブランド戦略として大切な時期でもあります。

スタートアップがブランディングを行う上で考慮するべき点とは

PV中:ブランディングは素人からすると「なんとなく素敵なブランドとして認知されていること」だとなりがちですが、スタートアップは「ブランディングって何するの?」みたいな話になったりするので「実際になにできるのか」という話も重要になってきますよね。

黒澤:そこを見誤るケースは結構多いですね。典型的な例でいうと、ロゴを作らなくていいのにロゴを作ってしまったりです。ブランドのタグラインなどを作らなくていいタイミングで定めてしまうこともあって、ファンを作る前にコーポレートアイデンティティなどをまとめる必要はあるのだろうかと思いますが、侵してしまいがちな失敗の一つです。

PV中:そういう路線だと起業家の熱量が全体に伝わる小さい規模の組織なのにビジョン、ミッション、バリューなどを設定してしまう様なこともありますよね。

黒澤:それもたまに見るケースですね。内部に目を向けるのは悪いことではありませんが、マーケティングで成果を出すためには顧客を見ることがなによりも大切です。しかし、顧客を見ずにプロモーション戦略ばかりになってしまっているのは、まずいと思います。仮に世界観を統一して、獲得コストを下げるなど色々努力はできるかもしれませんが、苦慮することも多いのではないでしょうか。

ブランディングはお金がないとできないと思いますか…?

黒澤:確かにブランディングにはお金がなくては出来ない部分もあります。しかしお金がなくても、SNS周りはアイデアとコンテンツ次第で多くのことができます。どのクラスターに自分たちが価値を提供していくのか、コンテンツ価値をどう出していくのかは、是非考えてほしいです。本当に予算がない場合も取り組めるので、社長自身が発信してフィードバックをもらうことはちゃんとやるべきです。

お金をかけていない例でいうと、松屋のTwitterやインスタグラムも面白いですよね。そういったお金を使わないので仕掛けはどんどん出てきているのに、やらない所が多いのはどういう事なんでしょうか。認知獲得という意味では、広報、PRをもっとやっていいかと思いますし、PR TIMESを出すなど本当に自分たちが出したいメッセージをちゃんと認知してもらうチャンスはたくさんあるので、PRの大切さはもっと知ってもらいたいです。

コミュニティ構築で気をつけるべき点、上手くいかせるための方法とは

黒澤:ブランドの世界観がきちんと作られていれば、コミュニティ自体が有料化することも出来るし、リードをコストかけることなく獲得することもできます。メリットづくめなのに取り組まないし、取り組んだとしてもコミュニティを作ろうという話は、コミュニケーション上手な人がやる、みたいな話になりがちです。しかし実際は横断的な業務も多いので相当な権限がある人がやらないと厳しいです。社長直下でやるなどしないとなかなかまとまらないことも多く、CXOクラスに誰が入るかが大事だと思います。

ファンと認識している方々に対してインタビューしていくことは大事で、ブランドを大切に思っている人たちとの接点は重要です。noteのグロースは深津貴之さんという方が入って、伸びて行きました。よく書いている人たちに対して会いに行くこともやるようにして、noteを書いている人たちが自分たちで発信するみたいな流れがあり、それがSNS上でも絡んでいき、コミュニティが活発化していきました。これについては、コミュニティの施策に経営層が入ったのはとても大きかったのではないか、と思っています。

ブランディングとマーケティングをどう顧客体験をよくすることに活かしていけるか

PV中:ブランディングとかマーケティングって定義もいろいろだったりそもそもかなり領域が広いものだと思うんですが、顧客体験にはどう反映させていくべきか、というところが難しいですよね。

黒澤:私はマーケティングとは顧客体験そのものだと思っています。機能性も大事だし、価格も大事です。店舗であれば利便性も大切になっていきます。総称しての体験だと思っているので、マーケティングをちゃんとやっていくこと自体が顧客体験をよくすることではないでしょうか。

「マーケティングは難しくて敷居が高い」と手を出せない人に向けてのメッセージはありますか

黒澤:マーケティングでは顧客をどうやって動かせるかが大事で、そこをまずは考える必要があります。今は顧客が動いていないのであれば、顧客に対して提供する価値などを明確にする必要があります。そもそも顧客がいないのであれば、足を動かすなりして探したほうがいいです。

マーケティングとUXは違う、というのも違和感があります。AdobeなどはCXなど言っていますし、マーケティングは体験設計そのものだと思います。そういう考え方だと組織を作り始めた段階で分断が生まれだすのではないでしょうか。創業者は分かれて考えていないはずです。No.2はバランス感覚が優れていて、ビジネスモデルを全体に見れるような人がいいと思います。

強い組織が何なのか、考えた時に、お客様を見る仕組みが組み込まれている事が多いです。基本的に事業が大きくなれば、組織都合の解釈が増えるし、個人の場合は個人解釈が増えてしまいます。そこをお客さん視点に戻す大切さをたびたび痛感しています。キーエンスなどは、顧客様カードというものがあって、それをデータベース化されています。

企業の課題解決を行う上で、大切にするべきポイントとは

顧客の声が見えてないケースが多いです。マーケティングの計画を作る時にマーケティングリサーチが後回しにされがちですが、やらないと他の打ち手が狂い始めるので、まず顧客の声を聴くのが最優先です。

ただ、顧客の行動を見続けることは既存事業を伸ばすのにはいいですが、新規事業の場合は違います。顧客を見て生まれるものと、イーロンマスクのような事業はまったく違うものですし。特に0 -1フェイズはマーケティング思考に行くべきではないように思います。アート思考などに行く必要があって、起業家なんかは「絶対にこうした方が社会は良くなる」と思っているので、そちらに集中した方がいいです。

顧客の声を聞いていないことは悪だという文化もありますが、あえてそこを見ないからこそ新規事業が立ち上がる場合もありますし、必ずしも悪いことばかりではありません。ただ、大切にする必要は大いにあるでしょう。